左から阿部 充夫氏、郡司 秀明氏、橋本 勝氏。
本日のメインプログラムの2は郡司氏の長い前置きで始まりました。それは分光記録のみの解説ではなく、これからの広告の未来像を手探りする内容でした。頻繁にデジタルサイネージという言葉が使われましたが、それはデジタルで再現されたサイン.つまりポップとかポスターなどを指すようです。広告の未来像は印刷だけではなく、時間帯によるサイネージも今後は広く展開されるだろう…曰く、地下鉄のサインが皆デジタルになれば朝晩はサラリーマン相手の、昼は主婦層、夜は飲み客に絞った広告が可能だというのです。すでにロンドンの地下鉄ではこれが実践されているとのことでした。
また、すべからく工業製品はキャドデータを持つ。ゆえにそのデータから3D画像を生成することは容易いことで、車だけではなく、白物家電もキャドデータから広告用の画像が生成されるようになっているのだそうです。
資生堂のリップスティックはすでにLabで管理され、色を指定しているそうです。印刷も同様に管理。今では現物と印刷とほとんど差がない状態まで持ち込んでいるそうです。トヨタ系も印刷会社に3Dマックスが入るので、カラーバリエーションもほとんど指定のみで行けるのだそうです。
最終仕上げのレタッチャーが色彩、質感調整をすることになり、カメラマンの仕事は、撮影するだけの話になってしまうでしょう。(いや、それもさえも怪しいか?)印刷だけを考えていては本当にカメラマンは置いてかれそうです。
そこで、正確な色再現…伝達は今後のカメラマンに必須の事項に必要になるというお話から、「分光測色記録」のお話へと繋がっていきます。
印刷用のプロファイル作りの難しさを本当に安定させ、メタメリズムも解消させるというのが入力から6バンド程度の分光記録を行なうことで実現できるらしいのです。また、色彩は忠実に受け渡され、分光レタッチを行なうことで、スペクトルの形状を合わせたレタッチや、メタメリズムの影響が出ないレタッチも可能になるといいます。
電塾運営委員の阿部充夫氏から、銀塩時代から存在していた「なぜか色が変わって写ってしまう」ということについて言及がありました。
可視光と不可視光について、近赤外線と近紫外線の影響、及びその働き、光源による多種多様な影響と感財…つまり、デジタルか、銀塩かによるその影響の違いなどを波長にもとづいて解説しました。特に、理想的な光源について掘り下げていました。
確かに蛍光灯もタングステンライトも一長一短があり、理想は自然光です。それにもっとも近いのが人口太陽照明灯光源。ですが、これも光量を大きく確保しにくい、という問題があり、すべてをまかなう人工的な理想光源は存在していないということもお話しされました。
その人口太陽照明灯と分光記録システムを使って撮影したところ、かなりのレベルの現物と記録されたい色彩の相似を実現できたということでした。また、この方法論で撮影された情報は光源の情報を変化させることで実際の「見た目」をシミュレーションすることもできる、ということです。RGB値での記録に比べて、遥かに広範囲で確実な、しかも応用範囲の多いデータを作成できるのが魅力のようです。
アモルフォス蝶の濃く深く、高い彩度の「青」はこれまで再現は難しかったのですが、分光システムを採用することで、AdobeRGB色域を超えて正確に記録されている様子を確認できました。
もっとも、二回撮影して画像を合成するという撮影方法のため、今のところ動体は対応できていないようです。
株式会社NTTデータの橋本 勝博士は、人間にとって色が見える仕掛けと、色彩を構成する要素が波長であること、そして、分光測色記録実システムの全貌を解説してくださいました。色、光とは何ぞや…私たちの目がどのように光や色彩を感じているのかから解説され、RGBという観念だけではもっと広く、連続した波長を持つ「光と色」の本質には迫りきれないのだということを丁寧に解説されました。
※可視光線は波長ごとに異なる反射率を持っている、またその反射スペクトルが人間の目に入って3種類のセンサーで感じるが、それはけしてRGBではない…などなど。
ではどうやって波長をまんべんなく捉えるのかというと、それが分光です。現実には12分光ほども行なうとかなり理想に近い波長の記録ができるのだそうですが、今回はもっと簡易な6分光のシステムをご紹介いただきました。
仕掛けは思ったよりも単純で、特殊なカメラを使用するのではなく(別の方法論もあるのだそうですが)波長をずらして撮影できるフィルターをかけて撮影したものと、通常の撮影を行なうだけです。その後は、その二枚のRAWデータを重ねあわせることで、RGBからの位相を作りその中間の情報を生成、6バンドの情報を取り込もうというものです。
じつはこれらは、ナチュラルビジョンプロジェクトといい、1995年からオリンパス、パナソニック、松下、大日本印刷などを巻き込んで進められていたプロジェクトのようです。コマーシャル的な撮影を現実的なものにするにはまだ様々な課題があるでしょうが6バンドで撮影された画像の出来は素晴らしいものでした。
正確な色彩を記録できるということは単純にそれだけではないようです。
分光スペクトルの反射率を測定、類推するために光源スペクトルを特定する必要があります。つまり撮影時に撮影に使用した光源を特定し、その波長を記録しておけば(言及されていませんでしたが、これは通常の分光高度計で可能のように思われます)異なる照明下の色の見えかたを類推可能となるのだそうです。太陽光のもとで撮影した商品を電球のもとで見たらどう見えるのか、ある特定の蛍光透過ではどう見えるのかをシミュレーションできるというのはちょっと凄いことです。当然、プリンタの癖、用紙の癖、ディスプレイの特質にもいくらでもあわせ込むことが可能となり、実はこれ、究極のカラーマネージメントとなりうるのです。動物や魚の目になって風景を見ることも可能でしょう。
また、データをコントロールするのはかなり面白そうです。名付けて「分光レタッチ」波長のカーブを変化させることでこれまでのレタッチとはまるで異なる次元の色彩レタッチが可能なのには会場からもどよめきが漏れていました。
光を記録するという写真の歴史はカメラオブスキュラに始まり(当時は人間がそれをトレースして記録していました)乳剤、感剤に変化し、それがRGBの素子によるデジタルデータへ進化しました。技術の進化はさらに多バンドで光を記録しようとしているようです。(そういえばフィルムも最後は5〜6層の感剤を仕込んでいましたね…)次々にこれだけの歴史を目の当たりに見ることができる時代に生まれ合わせたこと、そしてそれらに触れる機会の多い電塾に在籍できたことの喜びを感じるセミナーでした。
鹿野 宏